認知症で「食べない」「やる気がない」に悩んでいませんか?漢方薬「人参養栄湯」の最新研究を医師が解説
監修:おばた内科クリニック 尾畑 十善
日本神経学会 神経内科専門医
日本内科学会 総合内科専門医
「お父さんが最近ごはんをほとんど食べなくなった」「何をしても無反応で、やる気が全くなさそう」
認知症を抱えるご家族を介護されている方から、こうした声をよく聞きます。
認知症の患者さんでは、記憶障害だけでなく、食欲の低下(食べたいという気持ちが薄れること) や、アパシー(意欲・自発性の低下) といった症状が現れることが少なくありません。
しかし現在の医学では、これらの症状に対して確実に効果のある治療薬が存在しないのが実情です。
そのような中、日本の複数の医療機関が協力して行った最新の臨床試験(多施設ランダム化比較試験)で、伝統的な漢方薬である人参養栄湯(にんじんようえいとう) の効果と安全性が検証されました。
この記事では、その研究結果をわかりやすく解説し、日々の介護に役立てていただける情報をお届けします。
【認知症の「食欲低下」と「アパシー」はなぜ起こる?現代医学の限界】
認知症で「食べたくない」「何もしたくない」が起こるわけ
アルツハイマー病(記憶・思考能力が徐々に失われていく、最も多い認知症の一つ)や、レビー小体型認知症(幻覚・パーキンソン症状・認知の波などを特徴とする認知症)では、脳の神経細胞が広い範囲で傷むため、記憶障害だけでなくさまざまな「行動・心理症状」が現れます。
その代表的なものが、食欲の低下と、アパシーです。
アパシーとは、やる気・興味・感情がなくなっていく状態のことで、「無気力」「無関心」とも表現されます。うつ病と混同されることがありますが、うつ病のように「悲しい」「辛い」という気持ちは伴わないことが多く、別の状態として区別されています。
これらの症状は、患者さん本人のQOL(生活の質)を大きく損なうだけでなく、介護をするご家族にとっても大きな負担となります。食べる量が減れば、体重が落ち、栄養状態が悪化し、体力の低下・免疫力の低下につながるからです。
現代医学では有効な薬がない
認知症そのものの進行を遅らせる薬は一部存在しますが、食欲低下やアパシーに特化した治療薬は、現在のところ承認されたものがありません。
介護の現場では、声かけの工夫・食事形態の変更・環境調整・リハビリテーションなどが行われますが、効果には個人差があり、「それでも食べてくれない」「無気力が改善しない」という悩みを抱えるご家族は多くいらっしゃいます。
そこで注目されているのが、古くから体の衰えや食欲不振に使われてきた漢方薬、人参養栄湯 です。
【人参養栄湯とは?全国16施設で行われた最新の臨床試験の結果】
人参養栄湯(NYT)ってどんな漢方薬?
人参養栄湯(英語略称:Ninjin-yoei-Toの頭文字)は、人参(にんじん)・当帰(とうき)・黄耆(おうぎ)など12種類の生薬(植物などから作られる天然の薬)を組み合わせた漢方薬です。
中国・日本で古くから、体が弱っているとき・疲れが取れないとき・食欲がないとき・貧血があるときなどに用いられてきました。
近年、認知症の周辺症状(記憶障害以外の行動・心理症状)への効果も研究されるようになり、動物実験ではアパシーや食欲の改善に関連する作用が報告されていました。
研究の方法:全国16施設、49人の患者さんで検証
今回の研究は、日本全国のクリニック・病院16施設が参加した多施設ランダム化比較試験(複数の医療機関が協力し、参加者をくじ引き的にグループに分けて比較する、信頼性の高い研究デザイン)です。
対象はアルツハイマー病またはレビー小体型認知症と診断された患者さんで、食欲低下やアパシーの症状が見られる方々です。参加者は、人参養栄湯を服用するグループ(24人)と、服用しない対照グループ(25人)に分けられ、12週間にわたって経過が観察されました。
効果の評価には、国際的に広く使われているNPI-12(神経精神症状評価尺度:認知症の行動・心理症状を12の項目で評価する指標)の「食行動」サブスコアが主な指標として使われました。このほか、実際の食事摂取量・体重・血液検査(赤血球数・ヘモグロビン・アルブミン値など)・認知機能テスト・介護者の負担度なども調べられました。
研究結果:食事の量が有意に増加、重症例での食欲改善も
主な結果(一次評価項目)として、NPI-12の食欲低下スコアの変化については、12週後に人参養栄湯グループと対照グループの間に統計的に有意な差(確率的に偶然とは言いにくい意味のある差)は認められませんでした。
しかし、二次評価項目では注目すべき結果が見られました。
実際に食べた量(食事摂取量) は、4週・12週の時点でいずれも、人参養栄湯グループが対照グループと比べて有意に増加していました。つまり、スコア上の「食欲」という主観的な評価には反映されなかったものの、実際に患者さんが食べる量が増えたことが確認されたのです。
また、人参養栄湯グループでは、グループ内のみの変化として、NPI-12の合計スコアが4・8週時点で有意に改善し、うつ症状が12週時点で、アパシー(意欲の低下)が4・8・12週すべての時点で、食行動が4・8・12週すべての時点で、それぞれ有意に改善していました。
さらに、食欲低下が特に重症だった患者さん(スコアが6点以上) を対象にした事後分析(あらかじめ設定していなかった補足的な解析)では、人参養栄湯グループが対照グループと比べて、8週・12週後に食欲の有意な改善が見られました。
【「食べてくれない」介護の現場での活用可能性と今後の課題】
なぜ主要な結果は統計的に有意にならなかったのか
主要評価項目(NPI-12の食欲低下スコアの変化)がグループ間で有意差なしという結果になった主な理由として、研究者たちは「参加者数が十分でなかった可能性」を指摘しています。
統計的に差を検出するには、ある程度の人数が必要です。今回の研究では合計49人と、規模が比較的小さかったため、実際に効果があったとしても、それを数字の上で証明しきれなかった可能性が考えられます。
これは「効果がなかった」ということではなく、「この規模の研究では結論を出すには不十分だった」ということを意味します。研究者たちも「さらに大規模な研究での検証が必要」と述べています。
食べてくれないことへの新たな選択肢となりうるか
今回の研究で特に重要なポイントは、以下の2点です。
第一に、NPI-12スコアという主観的評価には表れなかったものの、実際の食事摂取量が有意に増えた という客観的な事実です。介護をするご家族にとって、患者さんが実際に食べる量が増えることは、直接的かつ大きな改善といえます。
第二に、食欲低下が特に強い患者さんでの効果が示唆された という点です。困っている程度が重い方ほど、人参養栄湯の恩恵を受けやすい可能性があるということです。
また、今回の研究では重篤な副作用は報告されておらず、安全性の面でも一定の安心感が得られています。
介護をするご家族へのメッセージ
「何を試しても食べてくれない」「最近ぼーっとしていてやる気がなくなった」という状況に悩んでいるご家族には、今回の研究は一つの希望となりうる情報です。
ただし、人参養栄湯はあくまで漢方薬であり、効果には個人差があります。また、体質や飲み合わせによっては注意が必要な場合もあります。自己判断で購入・服用するのではなく、必ず主治医や神経内科・認知症専門医、または漢方に詳しい医師に相談した上で使用を検討してください。
食欲低下・アパシーの背景には、薬の副作用・身体的な病気・口腔内の問題・環境のストレスなど、さまざまな原因が隠れていることもあります。まずは専門医に相談し、原因の評価と適切な対応策を一緒に考えることが大切です。
まとめ
- 認知症(アルツハイマー病・レビー小体型認知症)では、食欲低下やアパシー(意欲の低下)がよく見られるが、現在の医学では有効な治療薬がない
- 漢方薬「人参養栄湯」を認知症患者さんに使用した日本初の多施設臨床試験が行われた
- 主要評価項目(食欲スコアの変化)では有意差はなかったが、実際の食事摂取量が有意に増加するという重要な結果が得られた
- 食欲低下が重症の患者さんでは、食欲改善の可能性が示唆された
- 重篤な副作用はなく、安全性にも一定の根拠が得られた
- 「食べてくれない」「やる気がない」と悩んでいる場合は、まず主治医・専門医に相談することが最善の一歩
認知症の介護は長期戦です。一人で悩まず、医療の力を上手に借りながら、患者さんとご家族が少しでも笑顔でいられる日々につながることを願っています。
