アルツハイマー型認知症を指先の血液で早期発見? 最新の乾燥血液スポット検査をわかりやすく解説
アルツハイマー型認知症(AD:Alzheimer's Disease)は、日本でも高齢化とともに患者数が増え続けている認知症の代表的な原因疾患です。早期発見・早期介入が治療効果を高めるカギとなりますが、これまでの検査には「脳脊髄液検査」や「PET検査」などの負担が大きい方法が必要でした。
2026年1月、医学誌『Nature Medicine』に、画期的な研究が発表されました。それが「DROP-ADプロジェクト」です。
指先をほんの少し刺すだけで採れる血液を専用カードに染み込ませる「乾燥血液スポット(Dried Blood Spot: DBS)」という方法で、アルツハイマー型認知症に関わる重要な血液マーカーを測定できることを示した研究です。
今回は、この革新的な研究について、脳神経内科専門医がわかりやすく解説します。
【アルツハイマー型認知症の「血液バイオマーカー」とは?最新の検査事情】
まず「バイオマーカー」という言葉から説明しましょう。
バイオマーカーとは、病気の状態を示す体内の物質のことです。血液の中に含まれる特定のタンパク質の量を測ることで、脳の中でどのような変化が起きているかを推測できます。
アルツハイマー型認知症で特に注目されているバイオマーカーが以下の3つです。
・リン酸化タウ217(p-tau217)
脳内の神経細胞に存在する「タウ」というタンパク質がアルツハイマー型認知症で異常な形に変化したものです。血液中のp-tau217は、脳内の「アミロイドベータ(アルツハイマー型認知症の原因物質)」の蓄積を反映する、現時点で最も精度の高い血液マーカーとして注目されています。
・GFAP(グリア線維性酸性タンパク)
脳の神経細胞を支える「アストロサイト」という細胞が傷ついたときに血液中に増えるタンパク質です。アルツハイマー型認知症の病変が始まるころから上昇することが知られています。
・NfL(ニューロフィラメント軽鎖)
神経の「軸索」と呼ばれる部分が傷んだときに血液中に放出されるタンパク質です。アルツハイマー型認知症だけでなく、さまざまな神経変性疾患(神経が少しずつ壊れていく病気)で上昇します。
これらのバイオマーカーは従来、静脈(肘の内側など)から採血した血液で測定するか、腰から針を刺して脳脊髄液を採取することで調べていました。静脈採血でも専門家による処置と厳密な冷蔵・冷凍管理が必要なため、広く普及させるには課題がありました。
【指先の血液でも正確に測定できる!DROP-AD研究の驚きの成果】
そこで登場したのが「乾燥血液スポット(DBS)」という手法です。指先をランセット(小さな針)で刺し、にじんだ数滴の血液を専用のカード(DBS/DPSカード)に染み込ませます。このカードは常温で保管・郵送でき、冷凍が不要です。採血後40日以内に検査機関に届ければよいという、驚くほど手軽な方法です。
DROP-ADプロジェクトでは、スペイン・イタリア・スウェーデン・英国・デンマークの7つの研究センターから337名が参加しました。平均年齢は70.8歳で、認知機能が正常な方からアルツハイマー型認知症の方まで幅広く含まれています。
まず、p-tau217について。 乾燥血漿スポット(DPS)で測定したp-tau217と、従来の静脈採血で測定したp-tau217の間には、強い相関関係(rS=0.74、P<0.001)が認められました。「相関係数(rS)が0.74」とは、2つの測定値がかなり近い値を示している、という意味です。
さらに、DPS p-tau217は認知機能が正常な段階(CU:Cognitively Unimpaired)から、軽度認知機能障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)、そしてアルツハイマー型認知症(AD)へと病気が進むにつれて段階的に上昇することも確認されました。
脊髄液バイオマーカーの陽性を予測する精度(AUC)は0.864でした。AUC(曲線下面積)とは診断精度の指標で、1に近いほど精度が高く、0.864は「良好な精度」とされています。
GFAPとNfLについても、乾燥血液スポット測定値と静脈採血値の間に強い相関が確認されました。GFAPの相関係数はr=0.77、NfLではr=0.83と、いずれも非常に高い値でした。特にNfLの高い相関は、アルツハイマー型認知症だけでなく、多発性硬化症や筋萎縮性側索硬化症など幅広い神経疾患のモニタリングにも応用できる可能性を示しています。
【ダウン症候群や自己採血への応用も!研究が示す未来の可能性】
この研究には、もう一つ重要な成果があります。
ダウン症候群(染色体の異常によって生じる先天性の疾患)を持つ方は、アルツハイマー型認知症を発症するリスクが非常に高いことが知られています。ところが、ダウン症候群の方は静脈採血が難しい場合があります。研究では31名のダウン症候群の方を対象とした検討も行われ、DBS/DPSで測定したバイオマーカーが静脈採血値と強く相関(p-tau217: r=0.875)し、認知症のある方ではない方より明らかに高い値を示しました。
さらに注目すべきは「自己採血(セルフサンプリング)」の可能性です。30名の参加者を対象に、研究スタッフが採血した場合と参加者本人が自分で採血した場合を比べると、p-tau217やGFAPの値にほとんど差がありませんでした(p=0.57、p=0.26)。
これは将来的に、病院に来なくても自宅で指先から血液を採取し、カードを郵送するだけでアルツハイマー型認知症のリスク評価ができる可能性を示しています。
一方で、研究には限界もあります。 毛細血管からの採血がうまくいかないことが15〜25%あり、溶血(血液が壊れること)や間質液(組織の水分)が混入する課題もあります。また、DPS p-tau217の診断精度(AUC=0.864)は、静脈採血(AUC=0.982)より低く、現時点では「臨床診断の代替」としてではなく、「研究や大規模スクリーニングのツール」としての位置づけです。
研究者たちは「現段階では臨床使用や診断への応用は推奨しない」と明記しており、今後さらなる精度向上と検証が必要としています。
【まとめ:アルツハイマー型認知症の未来に向けた大きな一歩】
DROP-ADプロジェクトは、指先のわずかな血液からアルツハイマー型認知症のバイオマーカーを測定できる可能性を示した、画期的な研究です。
神経内科専門医の立場からお伝えすると、この研究が将来実用化されれば、通院に時間がかかる地域にお住まいの方や、近くに専門的な検査を受けられる医療機関が少ない方、ダウン症候群などで静脈採血が難しい方にも、アルツハイマー型認知症のリスク評価の機会をより身近に届けられる可能性があります。
現時点では、アルツハイマー型認知症が心配な場合はかかりつけ医や神経内科・脳神経外科・精神科・心療内科・もの忘れ外来への受診が最善の方法です。血液バイオマーカー検査は日本でも少しずつ臨床応用が進んでいますが、自己判断せず、専門家とともに検討することが大切です。
認知症に関する心配がある場合は、ぜひお気軽にご相談ください。
監修:おばた内科クリニック 尾畑 十善
日本神経学会 神経内科専門医 / 日本内科学会 総合内科専門医
本記事は医療情報の提供を目的としており、診断・治療を目的としたものではありません。症状がある場合は必ず専門医にご相談ください。
